信長の孤独、マキャベッリの孤独2006年07月26日 17:12

キャンティ・クラシコ マキャベッリ

今年のNHK大河ドラマは、いつになくよく観ていた。仲間由紀恵は好きだし、一回くらい観るのを忘れても話が読めるから、「必ず観なきゃ」というプレッシャーもなく気楽に観られた。
ただ、こうして過去形になってしまったのは、信長が死んでしまってからというもの、何となく興味が薄れてしまったせい。

さて、今回も信長に関する様々な描写をみるにつけ、やはり辻邦生氏の『安土往還記』は巧いなと思ったりする(すいません、また辻邦生です。もうすぐ七回忌なんです)。
今回の大河ドラマでも、最後の頃の信長はちょっと狂気じみた感じになってきていた。「やはりそう来たか」と思わせる信長の描き方である。そうした描写に比べると、『安土往還記』の信長は最後の最後まで冷徹で、その感情というものがほとんど伝わって来ない。その分、かえって凄みがある感じがする。
この作品の語り手はジェノヴァ人の船乗りという設定になっている。この船乗りはジェノヴァで妻とその愛人を殺し、故国を出奔したという経歴をもっていて、彼は「信長の孤独」に対する共感を軸に、信長の行動の意味を解釈して行く。そんな作品だ。
おもしろいのは、作品を通して「信長」という言葉が出て来ないこと(辻氏自身が「信長」という言葉は一度も出てこないとどこかに書いていた)。ジェノヴァ人の語り手は、「大殿」(と書いてシニョーレと読ませる)としか”彼”のことを呼ばない。

実は、後でマキャベッリの『君主論』を読んだとき、最初に思い浮かべたのは『安土往還記』に描かれた信長のことだった。そのとき、この作品は『君主論』からインスパイアーされて書かれたものではかったか、と思った。
「彼にあっては政治の原則は一つしかない。すなわちこの力の作用の場において、力によって勝つということである。」とは、『安土往還記』に出てくる一節だが、これがチェザレ・ボルジアの描写として君主論の中に書かれていても全然おかしくない。

実際、辻邦生はこの作品の中で、語り手としてポルトガル人でもイギリス人でもなく、あえてジェノヴァ人を選び、信長を「シニョーレ」と呼ばせている。私の印象はかなり当たっているのではないかと思っている。辻邦生氏の未完の作品である『フーシェ革命歴』にもマキャベッリの影が感じられる。ここで描かれているフーシェ(フランス革命期に警察長官をやっていた人)は、まさにマキャベリストそのものなのである。

もっとも私が知る限り、辻邦生がマキャベッリについて書いたものを知らないし、そうした解説に触れたこともない。ただ去年、アルチュセールの「マキャベッリの孤独」という講演メモを読んで、辻邦生とマキャベッリとのつながりに関しては確信をもつようになった。それを理屈で説明することができないのがもどかしいが、ともかく妙に納得できたのである。
マルキストにしてフランス現代思想(まだ現代でいいんだろうね)の大御所様が語るマキャベッリの孤独。簡単に言ってしまうと、マキャベッリというお人は、決してどこかのジャンルに分類できない思想家なのだそうだ。
辻邦生氏がこれを読んでいたかはさておき(アルチュセールの講演か講義を直接聞いていた可能性も高いが)、マキャベッリの思想に漂う「孤独」を読み取り、それを信長の孤独に託して描いたのが『安土往還記』ではなかったか。そんな気がしている。

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プーリア

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_ bookmarks=本の栞 - 2006年08月28日 01:57

辻 邦生 / 『安土往還記』 / 1972() / 新潮文庫 / A- 「静謐」。この作品にはこの言葉がよく似合う。 タイトルからはよく分からないが、実は織田信長を描いた作品である。なぜ「往還記」なのかというと、本書はフランスで16世紀に発見された古文書を訳した、という体裁をとっているから。 16世...

_ 五感の結び目。 - 2006年10月15日 20:19

土曜日の大学院「組織行動論」の“脇役”でマキャベリズムの話題が出た。
独裁、自己中心的リーダーシップの代表選手であるマキャベリズムだが、必ずしも全面的に否定されるべき考え方ではなく、例えばセールスマンでガンガン実績を挙げる人にはマキャベリストが少なくないとか。すべては実績のために、使えるものは何でも利用するという貪欲さはある意味で尊い(?)。