〔後〕クリスマス・イブのディナー2013年02月09日 11:01

(2012年12月24日)

アッコン(Akko)という街は、十字軍時代には重要な軍事拠点となっていて、ヨーロッパ側の騎士団が支配していた。街の主な観光資源である「十字軍の街」やテンプル騎士団のトンネルなどは当時のもの。
フェデリーコ2世も、自身による十字軍の最初の活動拠点として選んだのは、この街だった。
もっとも、当時のフェデリーコは破門されていたため、法王庁からすると「無認可十字軍」扱いだったようだが。

実際に行ってみるまでは、そんな十字軍の街というイメージが強く、クリスマスだからきっと、綺麗な飾り付けなんかが観られるに違いないと想像していた。

しかし、よく考えてみれば、1291年の「アッコン陥落」でキリスト教勢力は一掃されている。「十字軍の街」は遺跡でしかなく、現在のAkko旧市街に住む人々のほとんどはアラブ人。中にはキリスト教徒のアラブ人もいるらしいけれど、基本的にムスリムが圧倒的に多い。

私の頭の中では、700年以上前の出来事と現代とが、ごちゃ混ぜになっていたようだ。
したがって、旧市街の飲食店やホテルの中に、小さなクリスマスツリーが控えめに飾られているのは観たけれど、それ以外に、私が期待していたクリスマスらしき気配というものは、一切なし。

この日のクリスマス・イブのディナーは、ホテル近くの庶民的な店で。
シュワルマ(薄切り肉を重ねて焼き、焼けたところをそぎ落としたもの。トルコ料理のケバブと同じ)を頼んだところ、まずはこの写真の2皿がテーブルにドン・ドンと置かれた。
ピタパンの皿と、キュウリと唐辛子のピクルス、オリーブ、トマト、そして生タマネギが載った皿。この生タマネギ、水分が多くて辛くなかった。何か処理されているんだろうか。

この2皿だけでお腹が一杯になりそうな量だったが、後から出てきたメインのシュワルマの皿(写真に写ってませんが)にも、イスラエル式サラダとポテトフライが大量に載っていた。とにかく野菜がたくさん採れるシステムだった。
しかも、席料とかサービス料とかいう追加料金は一切なく、メニューに書いてあったシュワルマのお値段だけ払えばいい。
こんな店がご近所にあったら毎日通ってもいい、と思わせるいい店だった。

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プーリア

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