『安曇野』全5巻に四半世紀2009年04月21日 00:44

 
この前の日曜日、やっと、臼井吉見著『安曇野』全5巻を読み終えた。
読み始めたのは1年半くらい前のこと。第5巻の初めの方までは一気に読めたのだが、残りの20%を読むのに何だか1年かかってしまった。

実は二十歳の頃にも、この『安曇野』を第5巻の初めの方までを読んだことがある。しかし、そのときも最後の20%を残して読むのが辛くなり、そのまま読むのを止めてしまったため、完読には至らなかった。その意味では、読了に四半世紀もかかったことになる。

学生だった頃、私はなぜか、田中正造(明治時代の足尾鉱毒事件で有名な人)のことを趣味で調べていて、その関連で、正造の支援者だった木下尚江(社会主義運動家として知られている)のことを知ることになった。それで、木下尚江の生家が、松本市に保存されていると知って、松本まで出かけた。それが、私が松本に住むようになった遠因の一つでもある。その頃から私は、旅行で散財する”口実”を見つけることには、非常に熱心だったのである。
ただ、そのときはまだ、『安曇野』という作品については、気にはなってはいたものの、図書館でページをぱらぱらめくった程度だった。さすがに全5巻を読んでみようなどという気にはなっていなかったのである。その最初の旅行では、この地域についての関心はほとんどなく、木下尚江の生家を見学した程度で、さっさと松本を後にした。中央西線で名古屋まで出ると、適当に列車に乗って岐阜で一泊し、ついでに京都奈良をぶらぶらして東京に戻った。要するに、旅行に出かけるための最初の口実だけが重要なのであって、いったん旅に出てしまえば、その後の旅程は適当だったのである。

ところが、旅行が終わってみると、せっかく木下尚江のことで松本まで出かけたのだから、その尚江が登場する『安曇野』をちゃんと読んでみようという気になり、以前は田中正造や木下尚江の文字を探して拾い読みしていたこの作品を、最初の1ページから読み始めたわけである。そして、読み始めるや否や、この作品の虜となってしまった。
この『安曇野』の前半のハイライトは、荻原碌山(彫刻家)と相馬黒光(文筆家で新宿中村屋の創始)とのロマンスである。
せっかく松本まで出かけたのに、その一寸先にある碌山美術館に行かなかったことや、相馬家に関連する資料館などへ行かなかったことが悔しくてならなくなる。読み進めるうちに、いてもたってもいられなくなり、また中央線に乗って、今度は松本の先、穂高に出かけ、作品の舞台となった場所を尋ね歩く羽目になった。
そのとき、穂高の土産物屋のおやじに呼び止められて、お茶をいただきながら雑談をしていたら、『安曇野』の著者である臼井吉見氏の孫にあたる方がひょっこり現れるというハプニングもあり、それは何とも楽しく、思い出深い旅行になった。
これに味をしめた私は、何度も安曇野を旅行するようになったわけである(まさか、松本に自分が住むようにとは思わなかったが・・・)

その後は、この作品に登場する明治から戦前までの人物群には魅了されっぱなしであった。とくにアナーキスト石川三四郎は最も好きな登場人物で、なぜか共感する部分が多い。おそらくは、著者である臼井吉見氏自身の思想と、石川三四郎のそれとは、非常に近いものだったのではないかと思う(その意味では、私もアナーキストの仲間ということになるが・・・)。
ただ、物語の途中、関心のあった木下尚江も、大好きだった石川三四郎も、みんな亡くなってしまうと、読み進めるのが辛くなってしまった。そしてついに、第5巻の半分くらいのところで、読むのを止めてしまったのである。

あれから四半世紀、完読の機会は何度かあった。
87年に『安曇野』の文庫版が登場し、これなら電車の中でも読める!と思った。ところが、何度も書店で手にとってはみたものの、その「全5巻」というハードルは金銭的にも時間的にも厳しく、結局買う機会を逸してしまった。そのうち、この文庫版は絶版になってしまい、今となっては入手困難な書物となっている。
3年半前に松本に引っ越して来たときには、地元の方と話していて、何でアンタはそんな地元の歴史に詳しいのだと聞かれることがあった。一度だけ中途半端に読んだ『安曇野』の記憶が、20年を経た私に生き生きと残っていたのである。
それならばと、今度こそ完読を目指そうということになり、さっそく『安曇野』を求めて松本市内の古本屋に出かけた。ところが、今度はそのお値段に怯んでしまい(松本での相場は全5巻で1万円以上)、なかなか手が出ないという事態になってしまった。

しかし、1年半前に3000円のセットを街中の古本屋で発見し、めでたく完読計画が実行に移されることになったわけである。
そして今度もまた、第5巻の途中で長い長い足踏みを続け、計画遂行が危ぶまれたが、ついに読了!

それにしても長かった(記念に、とっておきのTaurasiのワインを開けました)。