【後】古城を独占できた夜2012年05月30日 00:30

(2012年1月10日:Bovino)

この日、フォッジャからバスに乗ってやってきたのはBovinoの街。
この街の"Castello Ducale"が、レジデンスになっているという情報を得て、宿泊してみることにした。

この城は、ロベルト・ギスカルドによる南イタリア征服よりも少し前、鉄腕グリエルモの後を継いだドロゴーネが使用していたらしい(興味のない人にとってはどうでもいい話だろうけど)。そのため、ノルマン城の一つといえる。
残念ながら、ホーエンシュタウフェン朝時代にはフェデリーコ2世の直接支配下にはなかったらしく、家臣クラスの居城になっていたらしい。
いずれにせよ、この城の起源はかなり古く、このように歴史の積み重なった城に泊まれるとは、何とも嬉しい限りである。

城は街の一番てっぺんの高台にあり、城門から城に辿り着くのにも長い坂道を登る必要がある。城だけでなく、その坂道までが両側からライトアップされている。坂道を登りながら、今目の前にしている城に自分が眠るべきベッドがあるのだ、という優越感は最高であった。

だが、この写真を撮って中に入ってからは、あまり喜べない状況が待っていた。何と、この日の宿泊者は私一人だったのである(冬だから当たり前か)。
レジデンス方式であるため、ホテルとは違って、スタッフが全員帰宅してしまっていた。要するに、この高台にポツンと建っている"城跡"に、一人きりで一夜を過ごす、という状況だった。
この状況は、城主気分で優雅に眠るというより、たった一人で城番をやっているという感じ。

何しろ大昔から城として使用されていた場所であるからして、ここでは戦闘やら処刑やらで大勢の人たちが死んだに違いない。おまけに、城の中庭には祠のようなものが設えられている。私がこの城に泊まる予定であることを知人に自慢していたところ、その相手が、「何か"出たら"電話して」と言っていたが、期待されていた意味がよくわかる。
城の中庭に入り、自分以外、誰もいないという状況を目の当たりにし、「出る」ことの方が心配になってきた。

で、何が「出る」かだが、中庭の戸を開いて階段を昇り、部屋に戻ってみると、幽霊系のものは全く心配の対象にはならなくなっていた。
この心境は、自分でも不思議だった。私は、どちらかというと、その手のものが恐くてたまらないタイプなのである。けれど、深夜、街の人たちが住んでいる場所から離れ、高台に一人きりでいるというリアルな状況に身を置いてみると、幽霊系よりも生きている人間が「出る」ことの方が心配になっていた。つまりは"強盗"の類、ならず者たちの出現である。
もし襲われたとしたら、抵抗する術がない。助けを呼んでも間に合わない。

まあ、結局は何も出なかったのだが。

かなり昔に読んだ本でタイトルなどは忘れたが、登山が好きな北杜夫氏が、こう書いていたことを思い出した。
一人で山に入って夜を迎えたとき、恐いのは幽霊の類ではなく、暗闇から現れる生身の人間の方なのだと。
なるほど、と思ったノルマン城での一夜だった。