後日談4・サボテンの実2006年09月19日 18:11

Cattolica (Stilo)

各地でサボテンの実が食べ頃(?)だった。
南イタリアでは、巨大化したサボテンをよくみかける。そのサボテンに、赤い実がたわわに実っていた。上はスティーロのカットーリカの写真だが、手前にはやはり、実をつけたサボテンが写っている。

さて話は飛ぶが、スティーロのカットーリカは、下の街からは確認しにくい。小さい街なのに、目的の場所が全くわからず、ホテルで道順を教わった。「カットーリカはすぐ裏。すごく近いよ。道を右に行けば看板がある。」とのご説明。これを信じて、徒歩で出かけた。
しかし、その「すぐ裏」とやらにそれらしき建物は見あたらない。しばらく行って、確かに「Cattolica→」の看板を見つけたが、その矢印の方向には、どう見ても建物なんかない。

私のだいぶ先の方には、一塊になって歩いている人たちがいて、最初は観光客の集団ではないかと思っていた。彼らに着いて行けば間違いなかろうと踏んでいたわけである。ところが、なんとなく雰囲気が違っていることに気づく。仲良く談笑しながら、という感じじゃなくて、黙々と歩いているだけ。それに歩き方も早い。

これは見通しを誤ったか。迷って引き返そうかと思った頃、その前を歩いていた一団がみせた行動で確信をもつことができた。

「おおっ、サボテンの実をもいで食べてるぞ!」

それができるのは、きっと観光客。それもイタリア人ではない、北の国の方々に違いない。
それで引き返すのをやめ、彼らについて歩き続けた。やがて追いついてみると、やはりドイツ語が聞こえてきた(すいません、ドイツ語圏の方々)。サボテンの実はどこでも見かけたけれど、歩きながらムシャムシャ食べてたのは彼らだけだった。

彼らの観光の徹底ぶりにはいつも関心させられる。
絵画や美術品は時間をかけて鑑賞するし、ガイドさんの説明も真剣な表情で聴き入っていることが多い。
それでもって、木に実がなっていると食べる(もちろん全員ではありません)。珍しいモノをみたら、文字通りきっちり味わい尽くすというか、そんなマジメさにおいて徹底していると思う。

ともあれ、サボテンの実のおかげで(?)、道を間違えずに済んだ。