【後日談】料金メーターのないタクシー2012年03月22日 01:36

(2012月1月3日:Reggio di Calabria)

イタリア入りの初日、レッジョ・ディ・カラブリアの空港からホテルまでの移動には、タクシーを利用した。いつもだとバスを利用するのだが、夜遅くだったために安全策をとることにした。

空港の建物を出て、TAXIの看板のあるところに行ってみると、タクシーが2台ほど停まっていた。しかし、運転手の姿がない。しばらく辺りを見渡してみたところ、駅員風というか、交通関係の職員によくある服装をした男性(紺のジャンパーを羽織っていてベストを着用している)が、私に"TAXI?"と聞いてきた。頷くと、道の向こうに停まっている車を指さして、運転手に声をかけてくれた。そちらに乗れとのこと。

で、運転手に荷物を車に載せてもらい、後部座席に座ったところ、その直後、なぜか助手席に女性が乗り込んできた。「なに? 乗り合いタクシー???」と一瞬思ったが、その女性はどうやら運転手の奥さんらしかった。何のことはない。その車は正式のタクシーではなかったのである。見渡せば、どことなく"生活感"溢れる車内であった。

走り出すと、その奥さんがいろいろ質問を向けてくる。中国人か、仕事で来たのか、明日はどこへ行くのか、レッジョには何日いるのか、レッジョを出たらどの街に向かうのか等々。
この2年くらいは全くイタリア語を勉強しておらず、そんな簡単な質問にさえも、とっさには答えられない。記憶の片隅から単語をひねり出しつつ、非常に苦労しながら受け答えしていたのだが、次第に質問の意図がわかってきた。どうも、その会話の趣旨は、明日以降も(彼らにとっての)格安の料金でこの車を利用してみてはいかが? というお誘いなのである。
ただし、あからさまには明日もこの車に乗れとは言って来ないし、強引な態度は全くない。その筋のプロとは違う素人っぽさが感じられた。
これは推測でしかないが、奥さんは空港の職員で、毎日ダンナが車で空港まで迎えに来ているのではないかと思う。そのお迎えのついでに「客」を乗せ、小遣い稼ぎをしている、というのが私の推理である。

鉄道路線は、空港の敷地を沿って走っており、利用客の利便性を考えるという(資本主義的な)「普通」の発想からすれば、空港駅がとっくの昔にできているはず。駅がつくれないにしても、空港と街の中心部を結ぶ直行バスを走らせて高めの料金を取る、というのが「普通」のやり方だが、そんな直行バスすらない。ある意味、そういう状況につけ込んで稼いでいるのが、私が乗った"タクシー"とも言える。
また逆に、駅も直通バスもないのは、正規不正規を問わず、彼らタクシー業の存在を考慮してのことなのかも知れない。

そんな料金メーターの付いてない"タクシー"に乗っていると、飛行機に乗れるほどのカネを持ってるのなら、電車だのバスだのというケチなことは言わず、だまって運転手付きの車にサッと乗り、金を落としてくれればみんなハッピーになれるじゃないか、という「南」の声が聞こえた気がした。

到着早々、事前に料金の交渉もせずにそんな車に乗り込むという失敗をやらかしたわけだが、その「南」の流儀に触れ、なんだかワクワクしてしまった。ルール無視のデタラメさと、生きるためのマジメさとが渾然一体になっている感じ。それが体感できなければ、そんな場所を旅する意味なんてないわけだし。

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プーリア

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